一冊の本で世界の見え方がガラっと変わった話
ガザ、ウクライナ、アフガニスタン、アフリカのクーデター。
ニュースを開くたびに「またか」となる。「世界がやばくなってきた」感覚はあるのに、なぜやばいのかを説明できる気がしない。
専門家は「貧困が原因だ」と言う。「文明の衝突だ」と言う。「宗教的過激主義が問題だ」と言う。
なんか全部、正しそうで、でもどこかずれてる気がしませんか。
そのモヤモヤに、ドイツの研究者がたった一行で答えを出していた。
その答えは「人口ピラミッド」の中にあった
ブレーメン大学のグナル・ハインゾーン教授が2003年に書いた『自爆する若者たち』、タイトルのインパクトに圧倒されるけど、中身はもっとすごい。
彼の主張を一行でまとめるとこうなる。
テロ、戦争、革命、ジェノサイド——その根本原因は「居場所のない若者が多すぎること」だ。
貧困でも宗教でも民族的な憎しみでもない。
……ちょっと待って、それって本当に?
本を読み進めるうちに、「あ、これは本当だ」という感覚が積み重なっていく。
「7人きょうだい」の社会が何を生み出すか
合計特殊出生率が7.0の社会を想像してほしい。女性が生涯に7人の子供を産む社会。アフガニスタンやガザには、今もそれに近い水準の国がある(ちなみに世界に5カ国存在する)。
問題は数じゃない。「居場所」だ。

長男は家業と土地を継げる。でも2番目、3番目、4番目の息子には何も残らない。才能があって、体力があって、野心もある。なのに社会に出たら椅子がない。そういう若者が何百万人と溢れ出たとき——歴史は判で押したように同じことを繰り返してきた。
彼らは居場所を、力ずくで奪いにいく。
ハインゾーンはこれを「ユース・バルジ(Youth Bulge)」と呼ぶ。人口ピラミッドの若年層が異常に膨らんだ状態のこと。

左の「安定した社会」では年齢分布がなだらかな三角形を描く。右の「ユース・バルジ社会」は、若年層だけが異様に膨れ上がっている。
テロの本体は、この「次男坊・三男坊の溜まり場」だったのだ。
CIAは1995年から知ってたが、止められなかった
ここからが少し驚く話だ。
この「ユース・バルジ」という概念、実はCIAが1995年に論文として刊行していた。ゲイリー・フラーという研究者が書いた「民族紛争にとっての人口統計学的背景」というレポートで、内容は明確——若年人口が爆発している国では必ず大規模暴力が発生する、と。
9.11の6年前の話だ。
知っていた。知っていたのに、起きた。
そして実際に起きてから、ブッシュ大統領は「何年も先まで続く対テロ戦争」と語り、統合参謀本部議長は「我々の生涯にわたって」と言った。彼らが「短期で終わらせる」と言えなかったのは、負け惜しみでも謙虚さでもなく、人口統計を見ていたからだ。
人口の「在庫」がある限り、紛争は終わらない。
ついでに言うと、著者ハインゾーンが2003年に予言していた言葉がある——「人口増加による紛争が弱まるのは2025年以降のことだろう」。
その2025年はすでに過ぎた。世界が静かになったとは言い難いが、アフガニスタンやイラク周辺の「爆発的な若者の補充」は確かに以前より鈍化している。予言の検証は、まだ途中だ。
タリバンが2週間で復権できた理由
2021年、タリバンがアフガニスタンを2週間で奪還したとき、世界は「なぜ?」と驚いた。NATOが20年間、莫大な費用をかけて戦い続けたのに。
ハインゾーンに言わせれば「驚く方がおかしい」となる。
爆弾で建物は壊せても、「20歳の男の子が毎年何万人も生まれてくる」という事実は壊せない。
本書にこんな場面がある。著者が国会議員に「軍を出動させると決めたとき、相手国の軍備人口の強大さに注意を払いましたか?」と問いかけるたびに、いつも驚いた顔をされるだけだった——と。
政治家は「誰を倒すか」は考えても、「何人分の若者がいるか」は考えない。でも本当に重要なのは後者だった、というわけだ。
この理論、世界史をぜんぶ説明できてしまう
ここからが本書の読み応えのある部分で、「ユース・バルジ」という眼鏡をかけると、世界史がガラっと違って見えてくる。
コロンブスの次の航海(1493年)に、なぜ1200人もの男たちが殺到したか。
農民、職人、商人、軍人——彼ら全員に共通することがひとつある。みんな「次男坊か三男坊」だった。スペインは長子相続制。弟たちには帰るべき家も財産もない。だから船に乗った。
エルナン・コルテスが46歳でメキシコに渡り、上陸後に船を焼いて退路を断ったのは、個人の狂気ではなく「帰っても待っているものがない」人間の合理的な決断だった。
なぜヒトラーはあれほど熱狂的な支持を集められたか。
ワイマル共和国時代に街頭で暴れ回った若い戦士集団は全員、1900〜1914年生まれだった。当時のドイツの年少人口比率は33%。ヒトラーはそこに「ユダヤ人の財産を奪え、東方に生活圏を拡大しろ」と言った。残酷な言い方をすれば、それは就職案内だった。
革命が必ず「粛清」を生む理由。
一方が勝利しても殺害は止まらない。勝利した側の「次男坊たち」が今度は内部でポストをめぐって争い始める。「革命の理想の守護者」と「裏切り者」に分裂し、粛清が始まる。フランス革命もロシア革命も中国の文化大革命も、このパターンをなぞっている。
革命は「問題を解決する」のではなく、「居場所のない若者の、別の解消経路」だったのだ。
ユース・バルジ社会が向かう「6つの経路」
では、居場所のない若者が溢れた社会は、具体的にどこへ向かうのか。

著者が整理した6つの経路がある。移住から始まり、革命・内戦・侵攻・テロ・ジェノサイドへと、暴力の度合いが上がっていく。「国外移住」で若者を吸収できている社会は比較的安定するが、それが叶わない国では必ず別の経路が開く。
絶望的?——でもイランが「答えの一つ」を見せてくれている
読んでいると「じゃあ永遠に繰り返すだけ?」という気持ちになる。でも著者は解決策も示していて、一番鮮明な例がイランだ。
1979年のホメイニー革命を起こした若者の平均年齢は17歳だった。1980〜88年のイラク戦争では、その弟たちが「生きた地雷除去機」として戦場に送り出された。当時の出生率は6〜7人。
著者が本を書いた当時(2008年頃)のイランの出生率は1.7人だった。今はさらに下がり、1.5を切っている。
日本の1.34と大差ない水準だ。男性の平均年齢は26歳で、アメリカの35歳とそれほど変わらなくなってきた。著者は静かに宣言する——「国内で暴れる大軍団は、もうイランでは育っていない」。
指導者が変わったのではなく、社会の年齢構成が変わった。それだけで、あれほど激しかった国が変化し始めている。
出生率が下がれば、社会は落ち着く。ただし効果が出るまでに20〜30年かかる。
少子化の日本こそ、他人事じゃない
「うちは少子化で困ってるんだから関係ない話だ」——そう思いたい気持ちはわかる。
でも逆なんだ、とハインゾーンは言う。

イスラム圏の人口は20世紀に1億5000万から12億へ、8倍になった。サブサハラ・アフリカはさらに凄くて、2100年には現在の3倍近い40億超になる予測がある。世界人口の3人に1人がアフリカ人になる計算だ。
かつてヨーロッパが世界人口の4分の1を占め、そこからコンキスタドールたちが出て行って世界を征服した。今、その立場が入れ替わりつつある。「居場所のない若者」はどこへ向かうか。ヨーロッパへ。あるいは日本へ。
「居場所があるユース・バルジ」は繁栄をもたらす。「居場所がないユース・バルジ」は暴力をもたらす。
この差は人口動態の問題ではなく、社会設計の問題だ。
「移民を入れれば解決する」の、どこがずれているか
先進国が移民に求めているのは「労働力」だ。でもユース・バルジの若者が求めているのは「社会的地位」——つまり居場所だ。数だけ合わせても、この根本的なすれ違いは埋まらない。
2000年代前半、オランダの政治家が「このまま行ったら爆発してしまう」と言って過激発言扱いされた。でも20年後のヨーロッパを見ると、あながち外れてもいなかった。
解決策は「入れるか入れないか」の二択じゃない。「居場所」を設計できるかどうか、だ。著者はそこまで射程に入れて論じている。
読み終えたあとに起きること
この本を読むと、ニュースの見え方が変わる。
ガザのニュースを見たとき、「軍事作戦の是非」だけでなく「ガザの男性平均年齢17歳という事実」が頭に浮かぶようになる。アフリカのクーデターを見たとき、「また独裁者か」ではなく「この国の人口ピラミッドはどうなっているか」が気になるようになる。
「世界がおかしくなってきた」という感覚がある人は、その感覚は正しい。ただ、おかしくなっている理由が、多くの人が思っているものとは違う。
その理由を、20年前に書かれたこの本はすでに明確に答えていた。
もちろん、この理論がすべてを説明するわけではない。ロシアのウクライナ侵攻は、若者が溢れ出した社会の暴力ではなく、衰退しつつある大国が「まだ間に合ううちに」動いた地政学的な攻撃だ。希望の例として挙げたイランも、出生率が下がった後も、水不足への怒りや政府の弾圧、イスラエルとの直接衝突など、別の火種を抱え続けている。出生率の低下が「若者が下から溢れ出す暴力」を減らすのは本当だが、上からの抑圧や環境危機や地政学的な衝突は、この理論の射程の外で動いている。
でもだからこそ、「このレンズで見えるもの」と「見えないもの」を自分で区別できるようになることが、ニュースを読む力になる。一つの理論がすべてを解くことはない——それでもこの本は、世界を見る解像度を確実に上げてくれる。
書誌情報
- タイトル:自爆する若者たち
- 著者:グナル・ハインゾーン(Gunnar Heinsohn)
- 訳者:猪股和夫
- 出版:新潮選書